今日は、子供の通っている小学校で、卒業式だそうだ。
あいにくの天気だけれど、卒業する6年生は、中学という得体の知れない学校へ進級することになり、かなりドキドキしているんだろうなぁ。
卒業式の思い出というと、かなり古い話になってしまう。
俺自身が、いいオヤジになってしまったことに加えて、大学の卒業式に出席していないからだ!
(そういえば、大学の卒業証書ってどこにあるのだろう?)
高校に通っていたときの話だ。
俺の通っていた高校は、公立の学校だったのだけれど、近所でも有名な『自由奔放(?)』な学校だった。
少々、「自由」と「勝手」を履き違えている部分もあったが、自分から行動を起こせる生徒が多かったように思う。
大学に行っていたとき、友人から
「○○高校は良かったなぁ!」
という言葉を聞くことがあった。
「なにが?」
と聞くと
「なんとなく、やる気ないやつが多いんだよねぇ、大学って!」
とか
「『自由』があまりないんだよねぇ」
俺も、大学で両方の意見のような想いを確かに感じていた。
なんとなく、学校に通い、コレといったこともせずに日々を過ごしている人が多かった。
そして、いい年の大人(?)が集まっているにもかかわらず、自分から何かを決めて行動を起こす人が少ないように感じたのだ。
翻って、高校時代を考えると、生徒会だけでなく、普通の生徒達も、何か目標を持って日々過ごしているやつが多かった。
例えそれが「女にモテル」ことを目標にしているのであってもだ!
で、学校全体の行事などになると、そういうアツイ奴が、俄然前面にでて旗を振るのだ。
その、代表的な行事が3つある。
1.体育祭
2.文化祭
3.卒業式
特に卒業式は、卒業生であれば、それまでお世話になってきた先生や、後輩達に対して派手なパフォーマンスをして、感謝の気持ちを伝えることが多い。
まず衣装がすごい。
学校には、指定の制服というのがなかったので、みな思い思いの格好で卒業式に臨むのだが、
特に印象に残ったのは
チャイナドレスを着てきた女子
→これは、半ケツが見えるくらいのスリットが入ったものだったので、目のやり場に困った。
半袖短パンの男子
→アロハシャツに麦藁帽子、サングラスをかけてビーチサンダルといういでたち。
3月の底冷えする体育館をうちわを仰ぎながら入場してきた。
クラスの代表者が、卒業証書を受け取るときも傑作だった。
あるクラスの代表者は、燕尾服を着ていた。
名前を呼ばれて壇上に上がると、演台の上に飾られていた花瓶にいけてある花を2本取り出した。
そして、その花を証書を渡している校長とその横にいた先生に渡したのだ。
会場からは、大きな笑い声とともに、笑い声が消えてしまうくらいの拍手喝采!
そんな、卒業式だった。
あとで、担任の先生から校長が
「ケジメがついていない!!」
と小言いっていたと報告を受けた。(その校長は、俺達が卒業する年に配属されてきた新任だった)
が、大方の先生達は、笑いながらそんな卒業生達のパフォーマンスを見ていてくれた。
俺達の担任は、英語教師で、40歳半ばのオバチャンだった。
4月にクラス替えをしたばかりの頃は、あまり話をすることもなかったが、学校生活を共にするうちにとても信頼できる人だということが分かり、
「マザー」
と親しみをこめてあだ名をつけて、皆がそう呼んでいた。
その「マザー」が、教室で最後の話をしているうちに、なんとなく湿っぽい話になってきた。
先生と生徒達とで、鼻をすすっていると、クラスのムードメーカーが
「マザーを胴上げしようぜ!」
と言い出したのだ。
最初は、戸惑っていた先生だったが、生徒達が本気で言っているのを感じてか観念したようだった。
みんなで先生を取り囲み、1回、2回、3回と胴上げをしたのだ。
胴上げが終わると、円陣を組み、なんと言っていたかは忘れてしまったが
「楽しかったよなぁ!」
なんて事を、先生を含めた全員で大声で怒鳴っていた気がする。
生徒と先生がこれほど、仲良く慣れたのはこのときだけだった。
「金八先生(古!!)のような光景だ。」
とそのとき思ったのを覚えている。
今までコレほど楽しい別れはないというくらい楽しかった。
今でも、俺達が卒業したときのような楽しい卒業式をやっているのだろうか?
そして、担任の先生は今でも元気にしているだろうか?
もし、あのときに戻れるなら、俺ももっと、もっと派手なパフォーマンスで、もっと、もっと楽しい卒業式にしてやりたいなぁ。